ア・ラ・モード
| ■ 片山恭一「世界の中心で、愛をさけぶ」 [2001年04月05日(木)] | |
| はじまりは恋人の死、という、高校生のまっすぐで悲しい愛の話。いちばん最初にいちばん思い事件がのしかかってきて、そのあと回想、そして最後に何年もあとの話になる。 私はこんなにまっすぐに相思相愛の恋愛をしたことがないし、ということはこれだけ愛する人の死を迎えたことなんて、もちろんない。だからわからない、というわけではない。誰かを好きになったら、その人が自分の見えないところで死んでしまったらどうしよう、といつも思っているし、自分が死んだあとで誰がどう思ってくれるんだろうか、何が残るんだろうか、ということだって考える。かつて好きだった人が死んでしまったことだって、ある。 誰かが死んでしまったら本当にそこには何もなくなってしまうのだろうか、という、先日読んだ保坂和志さんの「世界を肯定する哲学」なんかでも触れられていた命題が、ここにもあった。 誰かが死んだ時、そこに肉体がなくなったというだけで、ホントに何もなくなってしまったことになるんだろうか。肉体がなくなったからと言って、まだそこに居るような気がしてしまうのはただの勘違いなのだろうか。そして悲しいということは、人間だけが思うことなんだろうか。悲しいと思うメカニズムが、そしてそれを考えてしまう言葉が、人間にあるというのは悲しいことなんだろうか。だけれど私たちは人間なわけで。 死んだあと、誰かの記憶に残りたいとあがくのは、あまりカッコイイことではない気がする。けれど、私が日々やっていることは、まさにその通りのことで、しかも欲深い。 なんだか、思いすぎるのって罪みたいだ。 片山恭一「世界の中心で、愛をさけぶ」 小学館 2001年4月20日 初版発行 |